サルは“木“から落ちてもいいか?

人間が進歩するためには、まず第一歩を踏み出すことである。ちゅうちょして立ち止まっていて
はダメである。なぜなら、そこにどんな障害があろうと、足を踏み込んではじめて知れるからだ。
ちょうど闇夜の道を行くのと同じである。
失敗ということは、その一歩の踏み込みだと思う。前進への足跡だと思う。
わが国には「サルも木から落ちる」という言葉がある。慢心とか油断へのいましめである。人間
には絶えずついてまわる心のゆるみだが、このための失敗には、私は寛容の心を持ちあわさない。
なぜかといえば人間に許される失敗というものは、進歩向上を目指すモーションが生んだものだけ
に限るのだと思うからだ。木登り以外に取り柄のないサルが、木から落ちてはいけないのである。
しかし私は、サルが新しい木登り技術を学ぶために、ある「試み」をして落ちるなら、これは尊い
経験として大いに奨励したい。
日本人は、失敗ということを恐れすぎるようである。何かやろうと思って失敗するより、じっと
していた方が賢明だという考えが、身についている。完全にロスである失敗も、向上の芽生えであ
る失敗も、区別する合理的な見識がない。失敗すれば「バカなやつだ」「出すぎた真似をするから
さ」と冷たい廟笑と非難をかう。味噌もクソもいっしょくたである。
←こちらではその他関連情報がたくさんあります。

FF042_L